入院してました No3

2009-07-04-Sat-16:20
病室は4人部屋だが、今私を含めて現在3人が療養中。
いずれも高所から落下して骨折した人のようです
(ちなみに私は落下3兄弟って名付けました)。
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他の2人もそうだと思いますが寝たきり状態なので、
指先から僅か1センチ先のものにも手が届きません。
ナースコールを押して看護士さんを呼べばいいものを、
ティッシュを取ったり頭の上の照明を点けるだけで頼むのは、
なかなか気を使うものです。

夕方には87歳という高齢をおして私の父親が見舞いに来てくれました。
昨日から今日の経緯を話しましたが、
白髪小柄で杖を持った親父はベッドサイドに立って、
ただウンウンと頷いているだけです。
その夜の消灯後、親父に心配をかけているわが身の親不孝を思い、
私の頬を熱いものが伝いました。

【入院3日目】

弟夫婦が見舞いに来てくれた。
別の病院に入院中の私の母親を見舞っての帰りとのこと。
見舞いのダブルヘッダーで本当に申し訳ない思いがします。

さて今日は尿の管を抜くという。
嬉いような不安なような気持ちで居るとあっという間に終わってしまう。
その後スムーズに尿が出るか心配したが、
なんと抜いて5時間後に自分で尿瓶にちゃんと放尿できました。
但しこれがお笑い。
ジョンジョロリンの最後に、
長く使われていなかった水道を空けた時のように、
「ゴボッ」っと空気が一緒に出た(笑)。
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弟が私にと母親から預かってきたという手紙を夕食後見る。
薬の説明書の裏に見慣れた字体で書かれたその内容は、
私の怪我を心配する内容が書かれていた。

股関節骨折による手術を終えてリハビリ中なのに、
「代われるものなら代わってやりたい・・・・云々」
今夜も枕を濡らしてしまいました。




粗品

2009-07-03-Fri-17:48
たった2週間の入院でしたが時は着実に進んでいたようです。

気になっていた家庭菜園のジャガイモは、
私の弟とキャサリンの二人でちゃんと収穫されていました。
量が少ないのは親父の家・弟の家・私の家の3軒で分けたからです。
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またキュウリ・トマト・インゲンもしっかり収穫したのか、
今採れるという状態のものはありませんでした。
驚いたのは春菊にトウが立っていたのと雑草の多さです。

そろそろ涼しい早朝に菜園に立とうと思うのですが、
肋骨のことを考え今しばらく自重します。

夕方愛犬の散歩に出るとネムの木の花が咲いているのが目に付きました。
ゼミの啼く暑い夏はもうすぐそこです。

先日ニュースで「〇イベックス」の株主総会があったとありました。
所属の歌手のコンサートもあってそれはそれは賑やかだったとか?
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ナニを隠そうσ(^_^;もこの「〇イベックス」の株主であります。
近くであったら行きたかったのですがその代わりに先日、
「株主限定ロゴマーク入り和の涼セット」とかで、
こんなものが送られてきました。
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入院してました No2

2009-07-02-Thu-18:05
そんな訳で私は再び乗った救急車にて「救命救急センター」に担ぎ込まれたのです
(なんとこの救急車には先ほどの某病院の担当医も同乗されていました)。
画像 014

ベッドに寝かされ全部の服を脱ぎとられた私に、
次に待っていたものは尿道への管の挿入でした。
痛いだろうと覚悟はしましたが、
意外にそうでもなかったのは管が細かったからかも知れません。
挿入と同時に意思に反して尿意をもよおします。
「あ〜〜〜っ」と思った瞬間なぜか股間を伝う液体。

「これ漏れてんちゃうん?」
「そやわ」
「ここには12サイズしかないから、
??(不明)に行って14をもらってきますワ」
と医師の会話。
痛みに耐えながらも
「それって俺のは太いっちゅうこと?」とほくそえむ余裕の私。
(ちなみに内径と外径は比例するとは限りません)

そしてCTによる検査の後鼻からは酸素チューブを入れられ腕には点滴です。
その状態のままICU(集中治療室)に入院することとなりました。
夜になってキャサリンとパトリシアが見舞いに来てくれましたが、
病院へ持参すべき入院用具の内容の話ばかりとなってしまいました。

【入院二日目】
何度かウトウトしていたらもう翌日。
朝からはまたもやCTとレントゲンの検査です。
これが猛烈な痛さなんです。
ベッドからCTの台に乗るのが一苦労で、
7〜8人でシーツごと横に移動させてもらうのですが、
これが「ぎゃお〜〜〜〜」と悲鳴を上げるほどの痛み。

「ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってください。
私自分でズリズリして移動しますから」って言うものの、
そんなことは出来ません。
おまけにレントゲンなんかはもうたまりません。
シーツごと吊り下げられ移動する強烈な痛みに耐えながら、
尚且つ背中の下に鉄板を敷かなければならないのです。
あの日の朝、
レントゲン室からまさに断末魔のような悲鳴が聞こえていたら、
それは私が上げたものでした。

そして昼にはICUからHCUへ。
私には違いが分かりませんが、
ICUと一般病棟の中間という場所がHCUなのではないかと思われます。
そしてここではじめての昼食を頂きました。
メニューは白身魚のソテー・白和え・中華イモ・ご飯。
退院までご飯の多さには参りま(一度としてご飯を全部食べたことがありませんで)した。
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私に下された傷病名は
「左腎損傷・多発性肋骨骨折による肺座礁及び血肺」となにやら大層です。
要するに肋骨が5本折れていて腎臓が損傷を受け、
肺に血が溜まってるということなんでしょう。
骨折はギブスを着けたり能動的な治療はしないでいいが、
腎臓と肺の状況を見つつここでしばらく安静を保たねばならないようです。




入院してました No1

2009-07-01-Wed-18:55
滑落は山でするものと思っていたこの私、
自宅の塀からその滑落っちゅうものをやってしまいました。

あれは先月15日(月)、
打ち所が悪かったのか脇腹の痛さは尋常ではありません。
自分で救急に電話をしました。

私の乗った救急車は我が家からも近い公立の病院へ走らせながら、
その病院へ受け入れ要請の電話を入れるのですが、
どうやらそれは叶わぬ様子。
仕方なく隣の市にある病院に担ぎ込まれました。

当直の医師はCTで私の腹部検査をした後浮かぬ顔で
「今救急車を呼びましたから・・・・・」といいます。
「あのぉ、私今救急車で来たんですけどぉ・・・・・」
「今この市の救急車を手配しましたので、〇〇市にある救命救急センターへ転院してください」
「ええ?そんなに重症なんですか?」
0907011.jpg(酸素吸引するはめに)
「ともかくここではオデコの傷をステプラーで処置します」
「先生?ステプラーってホチキスちゃいますの?」
という言葉が終わらぬ内に、
私のオデコでガチャガチャガチャと音がしていました。
0907012.jpg(救急車の中)





ご無沙汰しています

2009-06-29-Mon-15:56
大変失礼をしています。

諸事情で休止していましたこのブログ。週末には再開させていただきます。

拙いページではございますが、今暫くお待ち下さい。
さて、なぜこのブログが半月も更新なしだったのか????
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